※本記事は、弊社内での議論・経験および一般的なセキュリティ原則をもとにまとめた内容です。特定企業・組織の公式見解や、特定ベンダーの内部実装を示すものではありません。
✅ 免責事項 #
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本記事の内容は、情報システムの一般的な設計・運用の考え方を紹介するものであり、すべての組織に対して安全性・適合性を保証するものではありません。
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実際の導入にあたっては、自社の規模・業種・リスク許容度・法規制・契約義務などを踏まえ、専門家の助言や内部レビューを行うことを推奨します。
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本記事に基づいて行われた運用・設定・組織変更等により発生したいかなる損害についても、著者および所属組織は一切の責任を負いません。
はじめに:一人が「全部知っている」状態は強くて危険 #
インフラ・クラウド・セキュリティの世界では、
「何でもできて何でも知っている“神エンジニア”」が重宝されがちです。
しかし同時に、これはこんなリスクも孕んでいます:
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その人がいなくなったら運用が回らない(Bus Factor が 1)
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権限が集中しすぎて、誤操作・インシデント時の影響が致命的
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セキュリティ的にも「内部犯行リスク」が高い構造になる
大規模クラウドや金融機関、SWIFT などの世界では、
この問題を避けるために 「誰も全体を支配できない構造」 が常識になりつつあります。
とはいえ、同じことをそのまま中小規模の組織でやろうとすると、
管理コストが爆増して現場がもたない……という現実もあります。
そこで本記事では、**中小〜中規模組織でも導入しやすい「軽量ゼロトラスト分割モデル」**を整理してみました。
モデルのゴール #
このモデルで目指すのは、次のような状態です。
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✅ 一人が「全部知っていて・全部触れる」状態をなくす
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✅ それでも日々の運用は複雑になりすぎない
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✅ いざという時はちゃんと動ける(緊急対応も考慮)
「ゼロトラスト」と聞くと大げさに聞こえますが、
ここでは “人もシステムも、必要なものにだけアクセスさせる” ぐらいのイメージで OK です。
ステップ1:役割を 3 つに分ける(ドメイン分割) #
まずは超シンプルに、
システムを 3 つのドメインに分けて考えるところから始めます。
A. インフラ担当 #
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仮想基盤(VMware / Proxmox / Hyper-V など)
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OS(Linux / Windows)
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ストレージ
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基本ネットワーク
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バックアップ基盤
B. アプリ担当 #
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Web / API サーバ
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ミドルウェア(Nginx / Apache / Redis / MQ など)
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データベース
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CI/CD パイプライン
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アプリケーション設定・デプロイ
C. セキュリティ・認証担当 #
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IAM / アカウント管理
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VPN / SSO / AD / LDAP
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権限設計
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証明書・鍵管理
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ログ・監査基盤
ポイント:
同一人物が A + B + C の全部をフル権限で握らない ようにする。
小さい組織でも、
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メイン担当 + サブ担当
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あるいは「ここまでは触れるが、ここから先は別の人に依頼」
という線引きを明文化しておくだけで、リスクはかなり下がります。
ステップ2:権限レベルを「3段階だけ」用意する #
ゼロトラストと聞くと、細かい RBAC やロール設計をイメージしがちですが、
小規模現場ではやりすぎると破綻します。
そこであえて 3段階だけに絞ります。
D1. オペレーター(運用オペ) #
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監視やログ閲覧
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サービスの再起動
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簡単なコンフィグ変更
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手順書どおりの操作
D2. メンテナンス管理者(インフラ/アプリ管理) #
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VM 作成・削除
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ストレージボリューム追加
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ネットワーク設定変更
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ミドルウェア更新・設定変更
D3. セキュリティ管理者(IAM / 認証) #
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アカウント作成・削除
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ロール・グループの定義変更
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パスワードポリシー変更
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VPN / 鍵 / 証明書のライフサイクル管理
絶対ルール:
D2(メンテナンス管理者) と D3(セキュリティ管理者)を
同一人物が“常時”兼任しない。
つまり、「VM も IAM も何でもできるスーパー管理者」を常態化させない。
どうしても人数的に兼任が必要なら、
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普段はどちらか片方だけを有効にしておき
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もう片方は緊急用の昇格手順+ログ付きで一時利用
という形にするのがおすすめです。
ステップ3:操作ログを「ちゃんと残す」だけでもかなり強い #
完璧な権限設計ができなくても、
「誰がいつ何をしたか」が追えるだけで、抑止力と安心感が段違いです。
例 #
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仮想基盤:監査ログ(Proxmox / vCenter の Audit Log など)
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OS:
journalctl/auditd -
ネットワーク機器:syslog 集約
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IaC / Git:コミットログ・Pull Request
最低ラインとして:
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重要コンポーネントはすべて何らかの形でログ出力を有効化
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ログはできれば一箇所に集約(syslog サーバやログ基盤)
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「誰が・いつ・どのアカウントで・何をしたか」が分かる形にする
ログが残るだけで、
「勝手なことをしづらい環境」が自然とできあがります。
ステップ4:自動化・IaCで「人の頭の中」をシステムに出す #
属人化の大きな原因は、
「設定や構成が、その人の頭の中にしかない」
ことです。
ここを壊す最短ルートが、**自動化と IaC(Infrastructure as Code)**です。
例 #
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Terraform でクラウド/仮想基盤の構成管理
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Ansible で OS / ミドルウェア設定の共通化
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GitHub Actions / GitLab CI でデプロイを標準化
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シェルスクリプトでもよいので、手作業をスクリプト化
ポイントは、
「人が直接コンソールを触る回数を減らしていく」
という方向性です。
ステップ5:秘密情報は「人」ではなく「システム」に預ける #
SSH 秘密鍵、API キー、パスワード、証明書——
こういった情報を 個人のローカルPCや個人管理に置かないことが重要です。
代表的な方法 #
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パスワードマネージャ(1Password, Bitwarden, KeePass など)
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Secrets 管理サービス(Vault, AWS Secrets Manager 等)
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Git に平文で置かない(暗号化/参照ID化する)
「誰がどの秘密にアクセスできるか」をシステム側の権限で制御することで、
個人に秘密が紐づかない構造を目指します。
ステップ6:設計ドキュメントも「分割」しておく #
ドキュメントも一枚岩にしてしまうと、
それを全部理解している人だけが強くなります。
そこで、設計書も役割ごとに分割しておきます。
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ネットワーク設計書(インフラ担当 A が管理)
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サーバ構成・役割一覧(インフラ/アプリ共通)
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アプリケーション構成書(アプリ担当 B が管理)
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認証・IAM 設計書(セキュリティ担当 C が管理)
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ログ・監査の設計書(セキュリティ担当 C)
「全部一人で書いて、一人しか理解していない設計書」よりも、
「複数人で書いて、役割ごとに分かれている設計書」の方が健全です。
ステップ7:緊急時のための“二段階モード”を決めておく #
小さな組織ほど、
**「緊急時に誰も何もできなくて詰む」**パターンを避ける必要があります。
そこで、平時と緊急時でルールを分けます。
平時 #
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権限は D1 / D2 / D3 に分離して運用
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危険な操作は原則として D3 のみ
緊急時 #
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例えば「サービス全面停止」「重大インシデント」などの条件を決める
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リーダー + セキュリティ担当など 2名以上の合意で一時的に権限昇格
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復旧後は昇格を戻し、操作ログを確認・レビュー
そうすることで、
「普段は分離したまま」
「本当に必要な時だけ、ちゃんと痕跡を残して一時的に“神モード”を解禁」
というバランスを取ることができます。
まとめ:「神エンジニア不要」は理想論ではなく、設計の問題 #
本記事で紹介した軽量モデルをまとめると、次のようになります。
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インフラ / アプリ / セキュリティの 3 ドメインに役割を分割する
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権限を 3 段階(オペ / 管理 / セキュリティ)に分け、「常時・何でもできる人」をなくす
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操作ログをきちんと残し、「誰が何をしたか」を追える状態にする
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インフラ・設定を自動化/IaC化し、「人の頭の中」をコードに落とす
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秘密情報は人ではなくシステムに持たせる
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設計書も役割ごとに分割して管理する
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緊急時だけ“2名承認付きで神モードを解禁”するルールを決める
これらは、大手クラウドや金融機関・SWIFT などで使われている考え方を、
中小〜中規模の現場でも無理なく使えるように薄めたモデルです。
おわりに #
「一人が全部知っている」状態は、
短期的にはものすごく便利ですが、
長期的には ビジネス継続性・セキュリティ・組織の健全性の観点から大きなリスクになります。
逆に言うと、
少しずつでも「分割」「分離」「自動化」を進めていけば、
“神エンジニア前提の組織” から脱却していけるということでもあります。
本記事の内容はあくまで一つのたたき台なので、
各社の事情に合わせてアレンジしていただければ幸いです。